難聴エンジニアの回り道は、無駄じゃなかった|ごみ収集から「仕組みで補う」にたどり着くまで

回り道は、あとから線になった:19歳のExcelから、ごみ収集や朝マックの日雇い、Excelの請求書、データベースとPythonを経て「仕組みで補う」にたどり着くまでを一本の道で描いた図 聴こえないこと

前に「私がAIを使い続ける理由」という記事を書きました。あの記事には、19歳から今までの職歴を全部詰め込んでいます。書き終えてから、自分でも「ちょっと長いな」と思いました。

そこで今回は、職歴の部分だけを切り出して、もう一度ていねいに書いてみます。これはその前編です。

先に、いまの話をします。

💡 私の前提と、「仕組み」を使う理由

私には難聴があります。人の話を受け取るとき、耳だけでは足りないので、相手の口の動きを見て、文脈から足りない言葉を埋めています。だから人と話しているあいだ、私の頭はずっと忙しく動いています。

その分、ほかのところは減らしておきたい。だから私は、聴こえない部分を「仕組み」で補うというやり方をしています。

ただ、最初からこの考え方を持っていたわけではありません。どこで身につけたのかをたどっていくと、19歳のExcelにたどり着きます。

この記事でわかること

  • ごみ収集から始まった、私のぐちゃぐちゃな職歴
  • 「向いていないこと」を知るのも収穫だ、と思えるようになった理由
  • バラバラだった経験が、あとから一本の線になっていく感覚

19歳、Excelとの出会いと、22歳での退職

19歳のとき、最初の職場でExcel VBAに出会いました。VBAというのは、Excelの作業を自動で動かすための、かんたんなプログラムのことです。

19歳から22歳までの4場面:研究職でExcelに出会う/スキューバダイビングで副業もしていた/知り合いに商品を紹介して広げていく仕事/22歳で退職

研究職だったので、会議はありませんでした。上司から指示をもらい、実験して、結果を報告する。そういう毎日でした。

そのころ、スキューバダイビングで副業もしていました。そこでアムウェイに出会います。知り合いに商品を紹介して、広げていく仕事です。ここで私は、「自由になりたい」という感覚を初めて持ちました

ただ、社内で活動していたことがバレてしまい、退職することになりました。

22歳。自分が何をしたいのか、まったくわかりませんでした。

ごみ収集から朝マックまで。向いていないことを、体で知った

次に登録したのは、人材派遣の会社(2004年4月〜2006年3月)でした。その日ごとに、いろいろな現場の仕事を紹介してくれるところです。

ごみ収集から朝マックまでの5場面:朝はマクドナルド、昼は派遣のスポット仕事(ごみ収集・引越し作業・ピッキング)、夜はキャバクラのホールでほぼ24時間働き、寝る時間が足りず体に震えが出て、休みの日に街を歩く人たちを見て「ゆっくり過ごせる時間がほしい」と思うまで

このころの私には、返さなければいけないお金がありました。それを返すために、1日をまるごと仕事で埋めました。

  • :朝マック
  • :派遣のスポット仕事(ごみ収集、引越し作業、ピッキング)
  • :キャバクラのホール

ピッキングというのは、倉庫で、注文された品物を集める作業のことです。

ほぼ24時間、働きっぱなしの生活でした。

そのうちに、体のほうが先に音をあげました。寝る時間が足りず、体に震えが出るようになったのです。

そこでわかったのは、たったひとつです。肉体労働は、自分に向いていない。

もうひとつ、忘れられない光景があります。

夏休みや年末年始。街を行き交う人たちの流れを、じっくり見ていたときのことです。みんな、ゆっくり過ごしている。それを見て、私は素直にうらやましいと思いました。

ゆっくり過ごせる時間がほしい。 そのとき、はっきりそう感じました。

今になって思います。これは、無駄な時間ではありませんでした。

「自分に向いていないこと」を体で知るのも、立派な収穫です。 向いていないことがわかれば、その分だけ、向いている方向に賭けられます。

Excelの請求書が、私の原体験になった

次は、イベント会社(2006年4月〜2008年3月)です。各量販店へキャンペーンスタッフを送り出す仕事を担当しました。

ここで、Excelを使って請求書を作りました。

Excelで請求書を作成:ノートパソコンに向かって請求書のひな形を組んでいるところ

これが、私にとっての「仕組みづくりの原体験」です。

それまでは、同じ作業を毎回、手でくり返していました。ところがExcelで一度だけ組んでしまえば、次からは中身を入れるだけで請求書ができあがります。同じ手間は、二度とかかりません。

自分が頑張るのではなく、仕組みに頑張ってもらう。

そう言葉にできたのはずっと後のことですが、あのときの感覚を、私は今もずっと追いかけている気がします。

データベースと出会って、仕組みが仕事を変えると知った

レンタル業の会社(2008年4月〜2009年3月)に移り、データベースと出会いました。データベースというのは、たくさんの情報をきちんと並べて、しまっておく仕組みのことです。

ここから、本格的にプログラミングが始まりました。

データベースと出会って、仕組みが仕事を変えると知った:データベースの図から、ノートパソコンに向かう自分と、VBA・Access・Pythonの本

その次の職場(某エンタメ企業・2009年4月〜2025年2月)では、AccessからPythonまで身につけました。Accessはマイクロソフトのデータベースソフト、Pythonはプログラミング言語のひとつです。

仕組みを作ると、仕事そのものが変わる。 それをはっきり実感し始めたのが、この時期です。

そして2025年3月、今の職場に移りました。

回り道は、あとから線になった

ふりかえると、見事なまでの回り道です。

ごみ収集から始まって、Excel、データベース、Python。一本の計画されたキャリアではありません。その都度ぶつかって、たまたま拾ったものばかりです。

でも、どれ一つ欠けても、今の自分はいなかったと思います。

✓ 回り道が私に残したもの
  • 肉体労働で、「向いていないこと」を知った
  • Excelの請求書で、「仕組みで楽になる」を知った
  • データベースとプログラミングで、「仕組みで仕事が変わる」を知った

回り道は、そのときはでした。それが後からつながって、「仕組みで補う」という今のやり方になりました。

まとめ

最初に書いたとおり、私は聴こえない部分を「仕組み」で補っています。

その考え方は、生まれつき持っていたものではありません。この回り道の中で、少しずつ身につけたものでした。

そこから先の「だからAIを使い続けている」という話は、後編にあたる「私がAIを使い続ける理由」に書いています。よかったら、続けて読んでみてください。

回り道をしている最中は、それが回り道だとわかりません。でも、後からちゃんと線になります。今まさに遠回りしている誰かに、それだけは伝えたいです。

この記事の流れを、1枚にまとめました。

回り道は、あとから線になった:ごみ収集→Excelで請求書→データベースとプログラミング→今の自分へ、という流れと、回り道が残した3つのこと、そして「聴こえない部分を仕組みで補う考え方は、この回り道の中で少しずつ身につけたもの」というまとめ

この記事を書いた人
とおる

難聴のある会社員です。聞こえないぶんを、AIと仕組みで補いながら働いています。
補聴器とiPhoneを直結し、字幕を使い、面倒な作業は自動化する——そんな日々の工夫を、専門用語なしで書いています。

とおるをフォローする
聴こえないこと
とおるをフォローする
タイトルとURLをコピーしました