19歳のとき、最初の職場でExcel VBAに出会った。研究職だったので会議はなく、上司から指示をもらい、実験して結果を報告する日々。スキューバーダイビングで副業もしていた。そこでアムウェイに出会い、「自由になりたい」という感覚を初めて持った。ただ社内で活動していたことがバレて退職することになった。
22歳で退職した。自分が何をしたいかわからなかった。
ごみ収集、ピッキング、引越し作業、朝マック、キャバクラのホール。とにかく色々やった。そこでわかったのは「肉体労働は不向き」ということだけだった。
イベント業界で各量販店へのキャンペーンスタッフ派遣管理を担当した。Excelで請求書を作ったのが、仕組みづくりの原体験だった。
データベースと出会った。そこから本格的にプログラミングが始まった。
AccessからPythonまで習得した。仕組みを作ることで、仕事が変わると実感し始めた時期だった。
今の職場に転職した。
今の職場に来て気づいたことがある。
周りがまだ昔のやり方で動いているとき、自分はすぐに違和感を覚える。もっと効率的にできる、もっと正確にできる、という感覚。気になることがあれば調べて、提案して、導入する。そのサイクルを自然に回せるのは、長年「仕組みで補う」を繰り返してきたからだと思っている。
自分には難聴がある。会議室で10人が話していると、半分しか聞き取れない日もある。最初はそれがコンプレックスだった。でも上司に正直に話したとき、返ってきた言葉が変わった。
「会議の内容を全部知る必要はない。あなたの強みは分析と提案だ」
そこから楽になった。聴こえない部分を補おうとするより、「これ仕組みで解決できますよ」と提案する側に回る。それが自分のポジションだと決めた。
感謝されたいから動くのではない。「これ、仕組みで解決できる」と気づいた瞬間に、もう動いている。
仕組みが誰かの仕事を楽にする。ユーザーの問題が解決する。「助かりました」という言葉が返ってくる。その瞬間が、次を作る原動力になる。
社内の人にも、社外のユーザーにも、感謝される存在でありたい。それがシステムを作り続ける理由だ。
今は職場の外でも、仕組みを作り続けている。いつか会社に依存しない自分になるために。
このブログもその一部だ。難聴があっても、AIと仕組みで乗り越えてきた話を書く。同じように苦しんでいる誰かの、ヒントになれば十分だ。
制約は弱点じゃない。
仕組みを作る理由になる。

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