職場に、聴こえのことをどう伝えればいいのか。
言えば迷惑がられないか。どこまでお願いしていいのか。そもそも、なんて言えばいいのか。
私は感音性難聴で、両耳に補聴器をつけて働いています。今の職場では、必要な配慮をしてもらいながら仕事をしています。
でも私は、「合理的配慮」という言葉を、会社で一度も口に出したことがありません。書類を出したこともありません。それでも、配慮は成り立っています。
代わりにやってきたのは、制度の言葉を使わずに、困っていることと、してほしいことを、普通の言葉で伝えることでした。この記事は、その中身の話です。うまくいった話だけでなく、自分から提案したのに、やらずに止まっていることも正直に書きます。
この記事でわかること
- 新しい人に会ったとき、私が実際に言っているセリフ(そのまま載せます)
- 「合理的配慮」と言わなくても配慮が成り立っている理由
- お願いするより先に「知ってもらう」ほうが効いた、という私の経験
面接でどう伝えたかは難聴の私が、面接を怖いと思わない理由に書きました。この記事は、入社したあとの、日ごろの職場の話です。
新しい人には、自分から言っています
私は、聴こえのことを自分から言います。相手が誰であっても、新しく会う人にはきちんと言います。
実際に言っているのは、こんな言葉です。

「私はこう見えても普通に見えますが、耳が聞こえません。なので、左側から話してもらえると助かります。また、聞きづらいこともありますので、その時はもう一度お願いするかと思いますが、どうぞよろしくお願いします」
短いですが、この中に3つのことが入っています。
- 見た目では分からない、と先に言う
- どうしてほしいかを言う(私は左のほうが聞こえます)
- これから起きることを予告する(もう一度お願いします、と先に言っておく)

先に言っておくと、あとで聞き返すのがずっと楽になります。
3つめが、自分では効いていると思っています。あとで聞き返したとき、相手にとっては「さっき言っていたやつだ」になります。急に聞き返されるのとは、受け取られ方が違います。
会議の席で、私が「そこに座らせてください」と言わなくても、まわりが自然と左側を空けてくれるようになったのも、これを先に言ってあるからです。その話は難聴で会議が聞こえない私が、会議の前と後にやっていることに書きました。
「合理的配慮」という言葉は、使っていません
ここからが、この記事で書きたかったことです。
私は、会社で「合理的配慮をお願いします」と言ったことがありません。申請書を書いたこともありません。
では、なぜ配慮が成り立っているのか。理由は2つあると思っています。
ひとつは、管理職の人が、私の上司に先に話を通してくれたこと。私が知らないところで、根回しをしてくれていました。
もうひとつは、できないことを、私が日ごろから言っていることです。会議の議事録は引き受けられない。外部との電話は避けたい。そういうことを、その都度きちんと伝えてきました。だから、まわりもそれなりに分かってくれています。
つまり私の場合、配慮は「申請」ではなく、日ごろのやりとりの積み重ねでできています。
職場の配慮は、法律で決まっています
言葉は使っていませんが、制度そのものは知っておいて損はないので、短くまとめます。
職場での配慮は、障害者雇用促進法という法律で、平成28年(2016年)4月1日から、すべての会社に義務づけられています。事業所の大きさや業種は関係ありません(厚生労働省)。
知っておくとよいのは、この4つです。
- 対象は、障害者手帳を持っている人に限られません。心身の機能に障害があって、働くうえで大きな制限を受けている人が対象です
- 採用のときは、本人からの申し出がきっかけになります。でも入社したあとは、本人が申し出るかどうかに関わらず、会社のほうから「困っていることはないか」を確認することになっています
- 何をするかは、会社と本人が話し合って決めます
- ただし、会社にとって「過重な負担」になる場合は、義務から外れます。過重な負担かどうかは、費用や会社の規模など6つのことを合わせて、一件ずつ判断すると決められています
1つめは、けっこう大事だと思います。手帳がなくても、聞こえにくくて困っているなら対象になり得るということです。会社が国に報告する人数(障害者雇用率)のほうは手帳が必要なので、そこは別の話になります。制度全体の話は聴覚障害の就職は「不利」だけじゃないにまとめました。
面白いのは、厚生労働省が会社向けに出している手順書(PDF)に、こう書いてあることです。一緒に働く上司や同僚に、障害の特性と配慮の中身を理解してもらうこと。
私の会社が根回しをしてくれたのは、まさにこれでした。私は法律の言葉を一度も使っていませんが、やってもらっていたことは、法律が想定している形とほぼ同じだったわけです。
2つめの「会社のほうから確認する」も、同じだと思います。私は「配慮をください」と申し出たわけではありません。それでも、まわりが動いてくれました。
いちばん厄介だったのは、研修のワークショップでした
配慮があっても、どうにもならない場面はあります。
最近、会社の研修会がありました。その中に、ワークショップがありました。何人かのグループに分かれて、みんなで意見を出し合う時間です。
正直に言います。私にとっては、いちばん厄介なパターンでした。

理由は、静かな場所ではないからです。同じグループの人の話を聞こうとしても、まわりのグループの声が全部いっぺんに入ってきて、聞きづらいのです。会議室で一人が話す場面なら、字幕や座る位置でなんとかできます。でも、あちこちで同時に話している部屋では、その手が使えません。
このとき私は、その場では何も言いませんでした。
1か月たってから伝えたら、共感が返ってきました
その研修から、1か月ほど過ぎたころです。私は上司に、あのときの話をしました。
上司も、同じワークショップに出ていました。だから話が早かったのだと思います。返ってきたのは、こんな言葉でした。

「自分も、うまく聞き取れなかった」
「パレットがあれば良いのに」
パレットというのは、人と人の間に立てて、音や視線をさえぎる仕切りのことです。
私は、この返事がうれしかったです。「大変だったね」ではなく、「自分もだった」だったからです。

「大変だったね」より、「自分もだった」のほうがうれしいのです。
配慮の話をするとき、私たちはつい「お願いする」形から入ろうとします。でもこのときは、お願いをしていません。ただ、困ったことを話しただけです。それでも上司は、自分ごととして受け取って、解決のアイデアまで出してくれました。
共感してもらえた。それだけでも、よかったと思っています。
もうひとつ、1か月あいたことも悪くなかったと思っています。その場ですぐ言えなくても、あとから言っていいのです。私は、その場で言えないまま終わることが、けっこうあります。それでも、あとから伝えれば届きます。
聞き取れなかったことを上司に軽く聞く言い方は、難聴で仕事がつらいときに、私がやっていることにも書きました。
そして、言わないうちに動いてくれました
その後、私が何も言わないうちに、Teamsの文字起こし(話した言葉が文字で出る機能)を使えるように準備してくれたことがありました。
私からは、一言もお願いしていません。
あのときは、本当にうれしかったです。
なぜそうしてくれたのか、理由を確かめたわけではありません。ただ私は、先に言っておいたこと、困ったことを話しておいたこと、その積み重ねが返ってきたのだと感じました。配慮は、お願いした回数ではなく、伝わっている量で決まるのかもしれません。
提案したのに、やっていないこともあります
うまくいった話ばかりにはしたくないので、正直に書きます。
私が職場で使ったときの体感では、Teamsの文字起こしで拾えるのは8割ほどです。もっと拾えるようにできないかと考えて、私はひとつ提案をしました。
会議に出る一人ひとりに、ピンマイクを持ってもらう、というものです。ピンマイクは、服の胸元などにつける小さなマイクのことです。一人ずつマイクがあれば、声がはっきり拾われます。
自分でも「まずは少人数から試してみようか」と思っていました。
そして——なんとなく、やっていません。


止めていたのは、私でした。
反対されたわけではありません。だめだと言われたわけでもありません。ただ、日々の仕事が回っているうちに、そのままになりました。
書いていて思いますが、配慮は、まわりだけの問題ではありません。言い出した私自身が止めていることも、実際にあるのです。ここは、私の宿題として残っています。
お願いより先に、知ってもらう
ここまで書いてきたことを並べると、私がやっていることは、案外シンプルです。
- 会う人には、自分から先に言う(見た目では分からないので)
- できないことは、その都度きちんと言っておく
- 困ったことは、あとからでもいいので話す
- お願いの形にしなくていい。知ってもらうだけで、動いてくれる人がいる
「合理的配慮」という言葉は、強い言葉です。権利として認められている大事な言葉ですし、必要なときには使うべきだと思います。でも、その言葉を使わないと配慮が受けられない、ということではありません。
私の場合は、日ごろのやりとりのほうが効いています。
聞こえないこと自体が、なくなるわけではありません。研修のワークショップのように、まわりが知っていてもどうにもならない場面はあります。
それでも、知られていないことで増える「やりづらさ」は、確かにあります。知らない人は、動きようがないからです。私が減らせたのは、そちらのほうでした。
まとめ
もし今、職場で聴こえのことを言えずにいる方がいたら、ひとつだけ試してみてください。
お願いではなく、報告の形で話してみる。
「この前のあの場面、実は聞き取れませんでした」——それだけでいいと思います。
返ってくる言葉は、相手によって違うでしょう。私の上司のように「自分もだった」と言ってくれる人もいれば、そうでない人もいると思います。
それでも、相手が知ったということは残ります。私にとっては、そこが出発点でした。
もし今の職場での配慮に限界を感じて、転職も選択肢に入ってきたら、私が実際にやったことを「聴覚障害の就職は不利だけじゃない」に書いています。


